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東京地方裁判所八王子支部 昭和24年(ヨ)33号 判決

債権者

日本セメント労働組合西多摩支部

右代表者 支部長

債務者

日本セメント株式会社

主文

本件仮処分申請は之を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

申請の趣旨

債権者訴訟代理人は「債務者は別紙目録記載の富增吉五郎外四百六十五名に対し夫々同目録各名下四月休業以後五月分及び六月分の各欄記載の金額をその支払を命ずる裁判が債務者に送達された日の翌日から三日内に支払うべし」との判決を求めた。

事実

(一)  (イ) 債務者会社は東京都千代田区丸ノ内に本社を有し全国二十三個所に工場事業場を有し西多摩工場はその一に属する。

別紙目録記載の富增吉五郎外四百六十五名は孰れも右西多摩工場の従業員であり債務者から月給制又は準月給制により毎月前月二十一日からその月の二十日迄の分をその月の二十八日に支払を受ける定めで賃金その他の給与の支払を受けるものであつて従来日本セメント西多摩工場労働組合と称する単位組合を組織し且右組合は前記二十数個所の工場事業場の従業員を以て結成された各単位労働組合と共に日本セメント労働組合連合会を組織して居たものであるが、昭和二十四年二月十六日の右連合会の全国大会で右単位組合の組合員其の他を構成員とする日本セメント労働組合と称する単一組合に改め西多摩工場にはその支部を設け同工場従業員を以て右支部を構成することになつた。

(ロ) 右支部は西多摩工場に関する地域的の問題については団体交渉其他の組合活動を為し得るものであつて右の活動については支部長を以てその代表者とする民事訴訟について形式的当事者能力を有する社団である。

(二)  (イ) 債務者会社は昭和二十四年四月十一日債権者組合に対しその西多摩工場を翌十二日から当分の間休業する旨及びその間従業員の賃金は一切支払わない旨を通知し翌十二日から同年六月十二日迄完全に休業して前記四百六十六名の賃金中右期間に相当する分を全然支払つて居ない。

(ロ) 而して右期間に請求趣旨記載の各従業員が通常の通り勤務した場合受くべき賃金の額は請求趣旨記載の通りである。

(三)  (イ) 債務者会社は右休業は債権者組合が日曜日一斉休業、二十四時間スト及び一部怠業により争議行為を為したことに対する対抗手段として為した争議行為であると主張するが日曜日一斉休業について債権者組合が昭和二十四年一月十六日から日曜日毎に之を実施したことは事実である。

(ロ) 昭和二十二年十一月十八日に日本セメント労働組合連合会と債務者との間に締結された労働協約に休日は毎日曜日又は四週間を通して四日の事業場所の定める日と規定してある。

(ハ) 右協約の趣旨は債務者が日曜日にその従業員を就業せしめ之に代る平日を休日と指定するには予め組合側と協議した上之を指定すべきものである。然るに債務者は四週間を通じて四日の休日を定めなかつたために組合側は原則に立戻り日曜日を休日と認め出勤しなかつたもので毫も争議行為に該当しない。一部怠業については全然斯る事実は存しない。

(ニ) 組合側は昭和二十四年三月二十四日に争議行為として二十四時間罷業を実施した。

(ホ) 右罷業は債務者が前述の昭和二十四年二月十六日に日本セメント労働組合連合会がその全国大会に於て組織並びに名称の変更を決議して日本セメント労働組合と称する単一組合となり、又日本セメント西多摩工場労働組合が右単一組合の西多摩支部となつた事実を目して右連合会は解散し、之と債務者との間に締結せられた前示労働協約は当事者の一方を欠くに至り当然に失効したものであると主張し且その無効を宣言し協約に定めた組合側よりの団体交渉の申込に応ぜずその他協約に定めた協定事項の履行を拒否し頑強にその主張を強行せんとする挙に出でたので之に対する抗議として債務者の反省を求める為め已むを得ずして行つた正当な争議行為である。

(四)  債務者は今回の工場休業は組合側の争議行為の対抗手段であると主張するけれども元来争議行為は労働者にのみ認められた特権であつて使用者には許さるべきものではない。仮に使用者にも争議権あり且今次休業が正当性ありと仮定するも結局その休業期間中の賃金は之を支払うべき義務があるものである。仮に賃金としては支払の義務なしとするもその従業員をして労務の提供を不能ならしめるものであるから賃金に相当する損害を賠償する義務がある。

殊に今次の休業は全然その理由のない債務者の不当な行為であるので債務者は前記四百六十六名の従業員に対し賃金支払若くは損害賠償の義務があるものである。

(五)  債務者が前記の如き当然に支払をしなければならない昭和二十四年四月十二日から同年六月十二日迄の賃金若くは賃金に相当する損害の賠償をしないため、債務者の西多摩工場より受ける給与によつて生計を維持する従業員である富增吉五郎外四百六十五名の組合員は生活上著しい脅威を感じ事態は債務者を相手方として前記未払賃金若しくは損害賠償請求の本案訴訟を提記し勝訴の確定判決を待つて満足を得るという正常な法的手続によつて救済を求める余裕の無い程急迫を告げて居るので、前記金額の仮支払を求める為め本申請に及んだ次第であると述べた。

(六)  債権者が正当なる当事者でないとの債務者の主張に対し労働組合はこれを構成する、組合員の為め使用者との間に労働協約を締結する権限ある以上右協約上の法律関係に関しては裁判上及び裁判外に於てその権利を主張し義務の履行を求め得ることは勿論であると附陳した。(疎明省略)

債務者訴訟代理人は本案前の主張として債権者の当事者能力を否認し且債権が本件の申請について当事者たる適格を有しないものであると述べた。本案に入つて主文同旨の判決を求め、答弁として債権者主張の事実中

一、の(イ)は認め(ロ)は否認する

二、の(イ)(ロ)は認める

三、の(イ)(ロ)及び(ニ)は認め(ハ)(ホ)は否認する

四、五は否認すると述べ

債務者会社の今次の西多摩工場の休業は、会社の経営の自衛手段として已むを得ざるに出でた処置であつて債務者はその期間中従業員に対し賃金支払の義務なきのみならず之に相当する損害を賠償すべき責なきものである。即ち

右休業は組合側の昭和二十四年一月十四日附の闘争宣言に端を発した一連の争議行為に対抗する手段に過ぎないのであつて、債権者の自ら主張する、昭和二十四年三月二十四日の二十四時間罷業は勿論組合側の為した昭和二十四年一月十六日以後約三ケ月間に亘る日曜日毎の一斉休業、右一斉休業前の準備行為として数時間に亘る回転窯停止、回転窯修繕の為めの煉瓦積作業の怠業工場側で為した公休日の指定を無視しての作業介入による操業の妨害等の行為により、作業計画が紊され、資材の浪費、品質の下落生産実績の低下等運営上の支障を来し工場施設の保全さえ危殆に頻するに至り将来の営業に対し回復できない障害の生ずる虞がある為め已むを得ず行つたものである。債権者は前記約三個月間に亘り日曜日毎に一斉休業したことは債務者が適法な休日指定を行わなかつたためであつて、争議行為でないと主張するが休日の指定については債務者は昭和二十四年一月及びその以前は従業員個々人の便宜も参酌して個別的に之を指定して来た従来の慣行によつてその指定を行い同年二月一日以後同年四月十一日迄は各四週間を区切り各人につき四日宛となる様指定したにも拘わらず、その指定を無視して日曜日に一斉休業し他の休日と指定された日に出務する等の行為に出でたものであつて、争議行為に外ならない。従て債務者はその間に於ける従業員の賃金を支払う義務がないものであると述べた。(疎明省略)

理由

(一)  債権者の当事者能力につき按ずるに債権者主張の一(イ)の事実は当事者間に争がないところであつて、債権者は日本セメント労働組合と称する単一組合の一部に過ぎないけれども成立に争のない甲第十一、十三、十四号証第十五号証の一、二乙第七号証の一乃至四第九号証、第十二号証の一を綜合すれば、債権者支部が西多摩工場の従業員で構成され前記単一組合の規約中に支部の自主性を認め独自の規約を定めることを支部に委任して居ることこれに基き支部の規約が制定され、それによつて支部を代表し一切を統轄する権限ある代表者支部長が置かれてあること、右支部長は従来も西多摩工場に於ける賃金の支払、その他の労働条件に関し債権者の代理人たる同工場の工場長と交渉して居ることが疎明されたと認める。以上の事実によれば債権者はその主張の通り民事訴訟法第四十六条による形式的当事者能力を有するものと解する。

(二)  債権者の本件申請についての当事者適格について按ずるに労働組合は使用者に対し組合を構成する組合員の為めにその労働条件等に関して団体交渉を為し、之に基いて労働協約を締結する権利を有するものであつて協約が締結せられた以上は使用者が各組合員に対し協約条項に定むる義務を履行すべきことを要求し得るものであることは当然であつて、斯る権能が認められる以上使用者にその不履行又は違反のある場合には、その履行並びに違反行為の除去に必要な行為、不行為を訴求する権利を有するものと解すべきである。債権者は債務者会社がその従業員たる組合員に対して負担する労働協約に基いて具体的に発生した賃金債務又は損害賠償債務ありとし、その債務の履行を訴求することを前提とし右請求権保全の為め、仮の地位を定めることを目的とする本件仮処分の申請をするものであることはその主張自体より明かであるが故に債権者は斯る適格あるものと解すべきである。

(三)  本案に入り債務者会社が昭和二十四年四月十一日、その西多摩工場の従業員に対し翌十二日から当分の間休業する旨及びその間従業員の賃金は一切支払わない旨を通知し翌十二日から同年六月十二日迄完全に休業してその従業員たる債権者組合員たる別紙目録記載の富增吉五郎外四百六十五名に対しその賃金中右期間に相当する分を全額支払つて居ない事実は当事者間に争がない。

次に昭和二十二年十一月十八日、日本セメント労働組合連合会と債務者との間に労働協約が締結せられていたこと、昭和二十四年一月十六日から同年四月十二日迄の間西多摩工場従業員が日曜日毎に一斉休業していたこと同年三月二十四日には二十四時間罷業を行つたことも亦当事者間に争のないところである。

以上当事者間に争のない事実と、成立に争のない甲第二、三号証同五号証、同第二十二号証の二、三同第二十六号証の二、三乙第一号証第三号証の一、二第七号証の一乃至四第八号証の二第十六号証第十七号証の二、証人上村洋次郎、同金子進一、同橋本眞邦、同大嶋寅二郎の各証言を綜合すれば

(イ)  先づ前記日曜日の一斉休業及び二十四時間罷業が行われるに至つた事情については日本セメント労働組合連合会は昭和二十三年十一月頃から債務者会社との間に賃金改訂其他の緊急問題について中央協議会を開いて交渉していたが右問題の中、西多摩工場の従業員に対する地域給の支給については交渉が纏らず更に専門委員会を設けて交渉して居たところ同年十二月に至るも右委員会の交渉は妥結を見るを得なかつたこと、翌二十四年一月十四日西多摩工場労働組合闘争委員長が右地域給の問題について債務者会社が不誠実であることを理由に同月十六日から実力行動に移る旨の声明を発したこと、前記労働協約の第二十八条には、休日は原則として、毎日曜日又は四週間を通じて四日の事業場所の定める日とし、有給とする旨の規定があるが日曜日に就業して之に代る平日を有給休日と指定するに付ては従来西多摩工場に於ては右協約並に労働基準法の規定に要求されたような特定の四週間を劃して四日の休日を指定することは行われず従業員個々の要求により職場毎に個別的に休日を指定して居たが西多摩工場従業員が日曜日一斉休業をするに際し債務者よりその停止を要求する旨の意思の表示があつたのに拘らず債務者より適法な休日指定なき限り前記労働協約上日曜日が原則的な休日であるとして同月十六日から三十日迄の日曜日毎に一斉に休業したのでその後債務者会社は同年二月一日から同年四月十一日迄の間については一応個別的に又は一般的に休日の指定を行つたが債権者組合員は右指定は通達せられざるものあり又は不適法であるとし之に従はず右期間中も日曜日毎に一斉休業を繰返して行つたこと、同年二月十六日、日本セメント労働組合連合会が日本セメント労働組合に改められた際債務会社は右連合会が解散し新たに単一組合が成立されたものと解し右連合会との間に締結された前記労働協約は単一組合との間の法律関係には効力がないと主張し以後前記賃金等の問題について債権者組合との団体交渉を拒否したので債権者組合は之を目して会社側が賃金改訂の申入を拒否し従業員の一方的解雇を企図し且組合組織を根本的に破壊せんと図る手段であるとして同年三月十七日中央闘争委員長が債務者会社に対し実力行使に訴える旨を通知し各地の工場事業場で争議行為を行い西多摩工場でも同月二十四日二十四時間罷業が行われるに至つたものであること。

(ロ)  次に西多摩工場が前記の如く休業するに至つたのは業務の運営上支障を来し工場施設の保全さえも危殆に頻するに至つた為将来の営業について回復することの出来ない障害の生ずる虞があつたことによるものである。一般に回転窯の使用に当つては最初内張煉瓦シエル及び窯内原料を一定温度迄熱することを要し正常運転状態に達する迄通例数時間を要し、従つて窯を一旦休転して完全に冷却すると正常運転状態に復する迄には石炭を浪費し生産物の減少点火当時の品質の低下を招来すること、尚短期間中に加熱、冷却等を繰返すときは窯自体は胴体に歪を生じ使用を不可能にする虞がありその内張煉瓦が弱体化し、ボイラー其他の附属設備にも故障を生じ易いこと、従てその操作に当つてはなるべく休転回数を少くすることが必要であつて現に西多摩工場では従来二基とも同時に通常二十四、五日間運転を継続し、修繕手入等のため一週間位休転する方法によつて居たものであること、然るに前記日曜日一斉休業が繰返され、是等休業の際は、土曜日の午後十一時頃火を落し、日曜日の午前七時頃迄完全に冷却させ月曜日は午前七時頃点火されて居り之がため正常運転の時間を減じ生産能率に甚大な影響を来したのみならず回転窯の保全のためには極力避けなければならない短期間内の加熱冷却の反覆を余儀なくされたこと、これが延てはその一原因を為したものと認められる回転窯の内一基に亀裂を生じ全然その使用は不可能となつたこと及その間回転窯の内張煉瓦の修繕作業の遷延も加わり、更に生産能率の低下を益々増大ならしめたこと、尚回転窯の休転中は工場全体が殆んど機能を停止する為、原材料の浪費生産物の減少品質の低下機械設備の損耗を来し計画的生産を不能ならしめたことであること、

が夫々疎明されたものと認める。而して債務者会社の前記休業期間中操業の再開の理由となるような事情のあつたことについて之を認むるに足る疎明がない。以上の如き事情の下に於て債務者のとつた右休業の処置は結局経営の破綻を防止する必要上已むを得ず行つた正当な経営権の行使であると解する。

債権者は右休業が債務者会社の責に帰すべき事由に基くものであると主張するが右事実は以上認定の事情から結局その疎明がないものと解せざるを得ない。従て債権者が之を前提とし前記富增吉五郎外四百六十五名の従業員は債務者に対し右休業期間中の賃金又は之に相当する損害賠償請求権ありとし右請求権保全の要ありとして為す本訴請求はその余の事情の判断を要せず失当であることが明かであるから之を却下するものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

別紙目録省略

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